子どもの頃から、手を動かすのが好きでした。
かぎ針編みや棒針編み、クロスステッチ、フランス刺繍、ビーズアクセサリーや小物づくりのソーイング……。
理由なんて考えたことはなくて、ただ夢中になって作っていた気がします。
「楽しいからやっている」――それだけでした。
でも大人になって、思いがけない形で“集中すること”の意味に気づかされる出来事がありました。
それが、フラワーアレンジメントの体験です。
初めてのフラワーアレンジメントで感じたこと
ある日、フラワーアレンジメントを体験する機会があり、自分で作った花を家に飾ったら楽しいだろうな…と、軽い気持ちで参加しました。
花材は決まっていて、仕上がりのイメージも見本として用意されていました。
でも実際にやってみると、なかなか見本どおりにはいかないんです。
花の大きさや茎の曲がり具合、色の濃淡、花びらの開き方――
同じ種類の花でも、ひとつひとつ微妙に違っています。
どこにどう配置するか、茎の向きをどう調整するか、全体のバランスを見ながら、何度も手を止めて考える…。
いつのまにか、花材をじっと見つめて、目の前のことだけに意識を向けている自分がいました。
仕上がったあとの“静けさ”に気づく
ようやく形になったとき、感じたのは“達成感”だけではありませんでした。
むしろその時間に、自分の心がすっと静まっていることに驚いたんです。
誰かと話していたわけでもなく、音楽が流れていたわけでもないのに、アレンジメントが完成した瞬間、「なんだか頭の中がすっきりして、気持ちが落ち着いている」と気づきました。
あの時間は、外の雑音や思考のざわつきが消えて、静寂な中にいたような感覚でした。
好きな手芸にも、同じ“集中”があった
ふり返ってみると、わたしが子どもの頃から夢中になっていた手芸も、同じような時間をくれていたのかもしれません。
刺繍の針を動かすとき、
編物で目を数えているとき、
ただ「今やっていること」に気持ちが向いている――
それは「うまくできるか」や「何の役に立つか」を考えるような時間ではなくて、
ただそこに意識を置いていられる、静かな時間でした。
後になって知った、“マインドフルネス”という言葉
今でこそ「マインドフルネス」という言葉をよく耳にするようになりましたが、
その頃はそんな知識もなく、ただ「なんだか心が落ち着く」と感じていただけでした。
でも今なら分かります。
あの時のわたしは、「今ここ」に集中することによって、穏やかな気持ちになったのだということを。
好きなことに集中する時間が、心を整えてくれる
うまくやろうとしなくてもいい。
誰かに見せるわけでも、評価されるわけでもない。
ただ「好きだからやる」。
ただ「今、手元のことだけに向き合う」。
そんな時間こそが、知らず知らずのうちに心を整えてくれる――
それを教えてくれたのが、花と向き合ったあの静かなひとときでした。